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本田増次郎:生誕の地へ訪れて(津山編)

衆楽園
旅の途中で見付けた素晴らしい庭園:衆楽園

増次郎の思い出を・・津山へ
数少ない本田増次郎と直接お会いになっておられる矢島陽さんとお会いする事が可能になり中央町亀甲から電車で約13分ほどの津山で宿を借りました。ホテルを出た後まだ数時間時間が あったので本田増次郎研究の長谷川氏から「津山城跡はいいですよ」とのアドバイスもあり津山城跡と衆楽園という庭園を見ることにしました。この2つの場所でまず遠い方からと思い衆 楽園から見ましたがこれがまた非常に綺麗な庭園で日本独自の庭園文化がそこにありました。きっと外国人の人は喜ぶだろうと思うと同時にやはり旅はヨーロッパの古都やエジプトの古代 文明等に代表される歴史的建造物。そして私達の祖先が作った素晴らしい日本文化は何度見ても飽きないものであると思いました。当然ルーベンスの絵や北斎に始まる数々の名画も何度見 ても飽きません。丁度この庭園にも風情のある茶屋があったのでそこへ茶を一杯。ここでも親切な店主の田中さんと増次郎についてお話した後、お会いする約束をしていた矢島さんとの待 ち合わせ場所へと向かいました。


蘇る増次郎
物静かに増次郎の思い出を語る矢島さん
矢島陽さん 数少ない増次郎との交流の経験を持たれていらっしゃる矢島陽さんは増次郎が本田家へ残した影響なのか矢島さん自身も敬虔なクリスチャンであり現在も現役のオルガニストでいらっしゃ います。学生時代には音楽を学びに関東の大学へ通われておられた矢島さんは私と同じ関東の言葉で増次郎について語られていました。増次郎は矢島さんが5〜6歳くらいの幼少時に亡く なったので子供心に覚えている事柄、そして矢島さんの母から聞かされた思い出が今も記憶に残っているそうです。増次郎は普段どんな人だったのか?数々の偉業は当時の記録から分かり ますが普段どのような素顔を見せていたのか?当然短時間で全てが分かる訳ではありませんが何気ない事から何かヒントが得られないか。私は矢島さんの思い出をお伺いしながら想像力を 増していました。

津山教会
津山教会 矢島さんと昼食をとりながら回想する矢島さんは増次郎を心から誇りに思っている事、そして増次郎と共に過ごした時代は貧しかったけれども心は豊かな時代だった事。丁度このお話をお 伺いしている日にも若年層による凶悪犯罪がありニュースが岡山にも流れ、ふと私に語った一言が印象的でした。矢島さんは子供時代の思い出として増次郎との船の旅が印象に残られてい らっしゃいました。まだ幼かった当時の矢島さんは船旅での船中でとても楽しかったのか増次郎や矢島さんの母のいいつけを聞かずにはしゃいていたところあまりにも言う事を聞かないの で船の柱に紐でくくられた話や矢島さんの母から聞いた増次郎の思い出を語ってくれました。船の柱のお話はあまり増次郎の伝記には見られない一面なので増次郎の一面を垣間見る貴重な 証言となりました。

矢島さんのお話から想像をするとやはり増次郎は教師であった事を非常に感じる一面でもありました。子供に対しても厳しい一面も(現在からみたらの話ですが)あるようでもし誤った事 をしたら恐らく雷が飛んできたかもしれません!そんな増次郎の見えない一面が見えたようで今回の岡山への旅は非常に有意義なものとなりました。まだ増次郎について分からない部分も 多いですが今回本田穣・安子夫妻、そして矢島陽さんからお話をお伺いする事が出来、スケジュール的に時間がもう少し欲しいくらいでしたが再会を約束して帰路につくことになりました。 次回は増次郎の使った聖書や様々な物をお見せして頂く約束をして!

そしてこの日は丁度クリスマスの日。忙しい中時間をさいてくださった矢島陽さんに心から感謝致します。

帰りの途中、津山城跡から眺めた岡山の空
津山城跡

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K.Oshima 1/January/2005

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