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本田増次郎:生誕の地へ訪れて(生家編)

生家へ到着
生家への道のり 多くの山々に囲まれ恐らく明治の頃とあまり変わらないまま今日も当時と同じ美しい景色の中に本田増次郎の生家はありました。車一台がやっとですが当時はこの道幅で十分だったのでしょ う。自動車の数が今とは比べ物にならないほど少なかった当時ではきっとこの小さな道幅が当時の日本の平均的な道だったのかもしれません。

入口でお迎え?の猫:こてつ
こてつ 私はこの道をとおり丁度山の天辺より少し下ったところに生家はありました。私は生家にお住まいの本田穣さんに案内して頂きながらご自宅をご紹介して頂きました。屋根には猫の「こてつ」 がお迎えをしてくれて「にゃ〜」とお迎えをしてくれました(笑)

動物好きの増次郎は大の犬好きであることは有名ですが現在はこの猫の「こてつ」が家の番をしています。そしてお伺いした日は祭日なので入口には祭日なので日の丸の国旗が掲げられていま した。(QTVRの生家はこちら


増次郎の贈り物
今なお時を刻む増次郎の時代の時計
増次郎からの時計 本田穣さん、安子さんご夫妻に案内をして頂き生家を拝見させて頂きました。入口には増次郎から生家へ贈られた当時の時計が今なお時を刻んでいます。現在も綺麗に磨かれた廊下は美しく塵 ひとつない状態でした。偶然な事に町で出逢った町民の方と奥様の安子さんは知人であったので町であった出来事や増次郎について色々とお話をお伺いする事が出来ました。明治時代の人にし てはとても沢山の写真が残されており、増次郎があまり大柄ではなく小柄であった事。そして顔の顎に手を添えるポーズで写真を撮ることがお気に入りであった事をお伺い出来ました。写真を 撮ると命が取られる?!そういう迷信は昔あったと聞きますが多くの写真から少なくとも増次郎はそういった考えは無かったように思われます。

蓄音機を操作する本田穣氏
victor 増次郎は当時の日本人の中でも珍しい衣服や蓄音機も持っていました。犬がラッパを覗いているビクターの絵は有名ですがまさにそのラッパの蓄音機を本田穣さんが見せて下さいました。分解 された状態でしたが穣さんが組み立てくださりました。残念ながら現在は状態のいい針が無いため長時間音は聞こえませんでしたが同じ所の繰り返しでしたが若干音が聞くことが出来ました。 モノラルのレコードノイズの混じった懐かしさが伝わる音がしていました。そして蓄音機を見せて下さった後大切にされていた多くの写真を見せて頂きました。

大和魂とキリスト教
増次郎集合写真
集合写真 数多くある増次郎の写真は当時の衣服からも想像して柔軟に西洋文化を取り入れ学校関係者との関わりや当時いわれのない偏見や差別を受けたハンセン病患者の方々にも率先して救済へ尽力 した増次郎の因習を取り払った先見性は明治の男達が持つ大和魂の実直さとキリスト教のもつ博愛精神が混じり合ったものの様な気がしました。同じ時代の新渡戸稲造も彼自身はクリスチャ ンであり日本の武士道を海外に紹介しました。本田増次郎や新渡戸稲造の自己を失わず新たに良き物は良いと素晴らしいものは柔軟に受け入れた者達だけが理論を越えてもっと大きな力を持 ち本当のコスモポリタンとして活躍した事は興味深いものがあります。現在の社会は「私こそが正義だ」と他者を理解しない考えが多いような気がするのは私だけでしょうか?現在失いかけ ている素晴らしい価値観を明治の人々がこの様な生き様を見せてくれたことは今一度学び直さなければならない事を増次郎は伝えているのかもしれません。

次は数少ない生存中の本田増次郎の思い出をお持ちの矢島陽さんに会いに津山へ移動しました。また今回生家を案内してくださり津山まで送ってくださった本田穣氏・安子氏ご夫妻に心より 感謝申し上げます。

つづく>>

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K.Oshima 1/January/2005

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