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司馬遼太郎を読んで

天国へのEメイル:親愛なる司馬遼太郎様へ
偉大な作家であり美術を見る目を持つ司馬遼太郎さんが亡くなってから幾日がたった事でしょう

私たちの住む国「日本」は司馬さんの訴えている警告通りのバブルという「お金」や「欲」というものに夢中になりその代償として今日の「さまよえる日本」 という状態に司馬さんが明日の日本を心配した通りになっている現状があります。バブルに浮かれ何かを見失っていた日本を後に「日本はどうあるべきか」 「日本はどの様に進まなければならないか?」司馬さんはそれを求めてオランダへと旅立ちました。

最近NHK出版から「オランダ紀行」という本が出版され「街道を行く」シリーズ第35巻をベースに司馬さんが辿った道を司馬さんの残して下さったコメント を元に見つめ直すといった内容の書物でした。私は司馬さんがオランダからベルギーへ移動した際、アントワープを案内したのが"A Dog of Flanders"Brothers の親愛なるヤンさんだという事を知りとても驚いたのですが、上記した書物は大変面白く結局いもずる式に「オランダ紀行」「街道を行く35」「微光のなかの 宇宙(私の美術観)」と読書の世界へとのめり込んでいくのでした。


司馬さんの分析した「フランダースの犬」
私が司馬さんの好きな所は断固信じるまたは主張する時に見せる司馬さんの姿勢であります。日本軍がコテンパンにやられた「ノモンハン事件」等に見られる司 馬さんの文面は少しの迷いもなく司馬さんの主張が込められており、その断固たる姿勢が多くの読者に好まれた一つの要因ではないかと思いますし私もその一人 であります。がしかしことこの児童文学である「フランダースの犬」についてはどうも司馬さんらしくない、どこか消化不良ぎみの文面に少々驚いたのでありま した。


児童文学について考えることは、私の能力をはるかに越えている。〜オランダ紀行より〜


という文面からも分かるようにどうやら司馬さんは児童文学が苦手だったらしい、しかし司馬さんも好きなルーベンスの絵が不可欠なこの物語は司馬さんの分析 対象として避けられない物だったように考えられます。ただ司馬さんの素晴らしい所は普通ある程度著名である方なら多少言い切ってしまっても大丈夫な事でも 正直に「私の能力をはるかに越えている」というコメントから始まるように正直な姿勢こそ司馬さんの偉大なる姿勢ではないでしょうか?


ではなぜこの物語が日本で愛されつづけているのかについては、これは私がのべるより読者自身が考えるほうがおもしろそうである。〜オランダ紀行より〜


この言葉が私がこのページを作ろうと思い立った最大の理由です。
私は今日の日本が置かれた状態を鋭く分析し、日本は何処から学べば良いのか?自信を無 くしてしまった日本!特に戦中戦後を体験した方々に多く見られる”海外から学ぶと同時に日本の良さを切り捨ててしまう傾向。何故日本の良さを残しながら学べ ないのだろう?”音楽に見られるように急激すぎる文化の進入は戦後ミュージシャンが日本的な音楽をすて(全部とはいいませんがかなりの数)ジャズに走った事 が象徴しているようにどうも日本人は引き出しの中に新し物を入れると昔の物は捨ててしまう。因習ならともかく良いものまでも、、、

ですから「フランダースの犬」に関しては日本が誇りに持っていいのではないか!少なくとも日本がこの物語を愛した事によって各世代に語り続けられた結果、歴 史的空白はありませんでした。むしろ本やアニメーション、そしてインターネットと多くのメディアへと伝えられ、この世界最高の人類文化遺産である「フランダ ースの犬」は多くの人々の心の中へ刻まれた訳です。


「フランダースの犬」は忘れ去られたのか?
司馬さんはこの苦手な児童文学でもあるこの「フランダースの犬」につていの分析を大阪府立国際児童文学館の横川寿美子さんに助言を求めその横川さんの小論文 から分析しています。


少年と犬とが、寄り添って慰めあいつつ生き、結局は疎外にうちひしがれて死ぬのだが、お返事を要約すると、ネロ少年は十五にもなっているのに、なぜ雄々しく 自分の人生を切りひらこうとしなかったか、という点で不満が出てきた、という。〜オランダ紀行より〜


私はこの分析結果を見て驚きを隠せませんでした。この物語を知っている人ならばネロが置かれた状態でなお彼が女々しいと思いますでしょうか?同じ疎外でも日 本には「村八分」という言葉がありますが、一見このあまり良くない言葉である村八分という言葉の意味に十割(100%)の中の8割は付き合わないが2割だけ は手伝うという意味があり、つまり2割”葬式”と”火事”の時だけは助けるという意味があります。しかし欧米の文化での疎外は完全な疎外であり街を出ていく しかないという点も考慮しなければならない要素ではないかと私は思います。私はネロと同じ位の境遇へ追い込まれても”なぜ自分の道を切り開こうとしない”と いう社会があるのならその社会はホームレスを多量に生み出す社会構造ではないのではないかと思うのは私一人だけでしょうか?

フランダースの犬は舞台もあるベルギーにて何故?知名度が低いのか?司馬さんはキリスト教のカソリックからプロテスタントへの思想的変化に焦点を当てています 。以前日本アニメーションに掲示板で質問をした際にヨーロッパではイタリアとスペイン(両国ともカソリック)だけ放映され、プロテスタント圏での放映がされて いない点については当たっている点でもありますが、最大の理由は忘れ去られたというよりも、母国語(フランダース地区ではフレミッシュ(オランダ語が多少変化 したもの)、下半分はフランス語圏であり英語圏ではありません)に翻訳されたのが1985年にヤンさんが行ったものなので、知られていなかったという要素の方 が大きいのでは?と私は思うのであります。


フランダースの犬」とゴッホ
「オランダ紀行」や「微光のなかの宇宙(私の美術観)」の中でゴッホについて司馬さんならではの素晴らしい分析とゴッホに対する熱い思いが語られています。ゴッ ホの人生はまさに苦難と苦悩の連続であり、常に理解されないという孤独が彼を襲っていました。

ゴッホは新教(プロテスタント)の牧師の長男として生まれ後に伝道師を目指し一時は炭鉱の町へ身を投じ、坑夫と共に働き(これはある意味カソリック的だと個人的に は思っています)そこでも彼は理解されず仮に職についても続かず恋愛もうまくいかず彼に残っていたものは”絵を描くこと”のみがあるという状況でした。彼の唯一の 理解者でもある弟テオの仕送りによって支えられ(テオの妻もとても理解のある方のようです)そして37歳を迎え多数の名画を描きキリスト教のもっとも罪が重いとさ れる、、、つまり”自殺”という最後をゴッホは選ぶのであります。


少年と犬とが、寄り添って慰めあいつつ生き、結局は疎外にうちひしがれて死ぬのだが、お返事を要約すると、ネロ少年は十五にもなっているのに、なぜ雄々しく自分の人 生を切りひらこうとしなかったか、という点で不満が出てきた、という。〜オランダ紀行より〜


もう一度振り返ると、一般的な観点からすると37歳になっても弟テオからの仕送りや、当時誰からも理解されない(または多くの人から評価されない)絵を描き続けたゴッ ホは十五にもなったネロよりも遥かに自立をしていないことになると同時に司馬さんの言う自立した新教の国”オランダ”は結局ゴッホが自らの命を絶つ前は司馬さんの指摘 通り全く彼の絵を理解しなかったのであります。

特に芸術や文化の場合他者が理解しないというのはあまりに多い事実であると同時にゴッホが弱い人間だとはとても思えません。彼はテオの援助はあったものの絵を描くとい う事を貫き、食べるための仕事もあえてしないのは私の様な凡人には理解しがたい程の情熱と力が必要だったと思います。私がこの「フランダースの犬」に魅かれるのは当時 フランスとの文化戦争中であったベルギーで、当時実際に優秀な生徒を無料で学校へ行かせる等を行っていたそうであります。ウィーダは物語の中でコンテストで優勝をする のが技術的な作品が優勝する様に描きます。ネロの描いた素朴な絵は評価されますが、彼を見つける頃にはもう時は遅すぎるのでした。これは勿論キリスト教的教育の目的も ありますが、それと同時に芸術に対する評価の仕方(技術論が優先しすぎたり)に対する痛烈な批判が込められていると思います。

もし「フランダースの犬」を否定すればゴッホを否定する事にならないだろうか?そう思ってしまいます。と同時になぜゴッホには寛容であり「フランダースの犬」には多少 否定的、もしくは自立出来ない日本人の象徴になってしまうのか?私はふと考えずにはいられませんでした。ただ私の抱いた印象だと司馬さんにとってゴッホはかけがえのな い存在であるのに対して「フランダースの犬」に対してそれほど(あるいはゴッホ程の)関心がなかったからではないか!というのが私の思っている印象です。

芸術や文化や物語はやはり一番重要なのが「考える」のでは無く「感じる」事がまず一番重要な事は恐らく多くの方が賛同してくださることでしょう。しかしこの「フランダ ースの犬」に関して司馬さんは「感じる」前に他者に分析を任せ「考えて」しまった、、ゴッホの様に心から思い入れのあるもので無いからこそこのような違いになったので は?と思います。


ではなぜこの物語が日本で愛されつづけているのかについては、これは私がのべるより読者自身が考えるほうがおもしろそうである。〜オランダ紀行より〜


日本はとても偉大な作家を失いました。これから私自身さらに他の司馬さんの作品を読もうと思っています。ただ一読者の感想として私から司馬さんに向けて、尊敬を込めた ささやかな”反論”を書いてみました。日本の行く末を案ずる司馬さんに少なくともこの「フランダースの犬」が広まる背景のあった日本という国にもっと誇りをもっと持っ ていいのではないかという事を!私はネロとパトラッシュから学んだ事は「あの純粋で無欲な芸術に対する情熱」「ネロ少年の絵を描く姿に感動して絵を描くことの素晴らし さ」まさにバブルとは無縁の世界がそこにありました。今から二十年以上前に「フランダースの犬」を見た世代が成人し日本の未来を築いて行くでしょう!そこには司馬さん の指摘する不安を抱えてはいるが決して絶望ではない素敵な未来があると思います。その理由の一つに”司馬遼太郎”という偉大な人物を生み出したのも日本なのですから。


K.Oshima(10/Jan/1999)

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