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オリジナルストーリーを守ろう!

日本は最もこの物語が親しまれた国!だからこそ...
「フランダースの犬」と聞けば「ネロとパトラッシュ」とやまびこのように返事がかえってくるように、この物語は多くの人に愛されてきました。しかし 私達の生活の中に当たり前のように存在する為かこの物語が欧米や様々な国ではほとんど知られていないのが現状であまりこの事を知っている日本人は少 ないようです。勿論物語の舞台でもあるベルギー・アントワープでも例外ではありません。

ベルギーの人達や様々な人の言葉を自分なりに統計すると「フランダースの犬」は日本が幸運な事に一番ポピュラーな存在であります。では他の国ではど うなの?と聞こえてきそうですがお隣韓国でも多くの人達に愛されているようです。アントワープ・ホーボーケン観光センター(ネロとパトラッシュの銅 像のある場所)には沢山の日本語の資料があることにとても驚きました。他国のは無いのかな?と探すとハングル語で書かれた教科書があったりと日本意 外の書物にも親しみがとても湧いた記憶があります。

しかし残念な事に私達日本人が想像するよりはるかに「フランダースの犬」は知名度が無いのが現状です。少し前にもオランダから「フランダースの犬の 事を知りたい」とメイルを頂きました。オランダとベルギーはとても近い距離です。しかしこのような質問が来るという事はやはり現地であまり知られて いないのだとあらためて思いました。

そしてこの物語がもっと広がればどんなに素敵だろう!と思っていた矢先にハリウッドが原作を著しく脱線した「ネロが死なない」作品を作っていると現 地ベルギーの情報誌に公式コメントとして述べられている事を知り目の前が真っ暗になりました。人によっては後から原作を読ませればいいのでは?とい う意見もあります。しかし始めて出会う時に抱くイメージこそ大切で、特に子供の心の場合は重要であり、私自身子供の時にもしネロが死なないストーリ ーを観たのなら、なんら特別な思いも無く忘れ去っていた事は間違い無いと思います。子供は我々成人が思っている以上に大人が些細な事と思っている事 をよく覚えています。ですから私はネロとパトラッシュがあの様な結末を迎えたからこそ一生忘れられない物語であると同時に何か自分自身にメッセージ が与えられた気がしてならないのです。

例えば偽物のテレビを騙されて買ってもテレビは観れるかもしれません。しかし、ネロとパトラッシュの死なないストーリーは名作「フランダースの犬」 としてなんら価値のない物であると思うのです。

ですからネロとパトラッシュがとても愛されている日本から原作の重要性を訴える事は重要な事だと思います。北斎が西洋画を愛し、ゴッホは浮世絵に心 ひかれ互いの文化を尊重して文化は相互発展し進化してきたように、ヨーロッパでウィーダが作ったこの物語が実はこの日本でとても大きな存在となり彼 女によって与えられた精神的豊かさは多くの日本人の心に宿る事となったのです。この事に心からの感謝と原作を守る事のメッセージこそ必要な事だと思 うのです。


ベルギーで、ヨーロッパで、そして世界中に!
私が入手している情報では(1998年12月18日現在)ではハリウッド版のフランダースの犬は2つのヴァージョンがあるそうです。1つはネロが死 なないバージョン、もう一つは恐らく日本や韓国等オリジナルストーリーが親しまれた国に対する対策か?ネロが死んでしまうヴァージョンとあるそうで す。私は何故このメッセージが込められたこの物語に2つの相反する展開が必要なのか理解に苦しみます。

名作映画に根本的ストーリーが2つもある名作は世界中何処を探してもありません。何故なら名作と言われる作品は作者の強いメッセージが込められていて 二面性のあるストーリーがあるはずもないからです。


アメリカ人にこの物語は理解が出来ないのか?
私は「NO」だと思います。何故ならアメリカにも多くの差別やネイティブアメリカンや様々な境遇にある人々がいるからです。そういった逆境の中力強く生 きている人ならきっと理解してくれると信じています。ホーボーケンセンターにあるネロとパトラッシュの絵はネイティブアメリカンを両親に持つ画家が描い たものです。彼はこの「フランダースの犬」に心打たれ、病気で病まれてしまってからは御自身の好きな絵しか描かれていないそうです。そんな中彼はこの物 語を描写した絵を描き今はホーボーケンセンターの中で展示されています。私はそういった逆境の中で生きて来た人達の感性に希望を抱いています。あの哀し 気な美しいメロディーであるブルースは様々な苦しみの中、黒人から産まれた芸術であり多くの人に親しまれて来たように、この「フランダースの犬」のオリ ジナルストーリーが知られたらどんなに素敵な事でしょう!

またモハメド・アリやアーサーキング牧師の様な偉大な人物を生み出したのもアメリカです。いい面もあれば悪い面もある。それは全ての国に言える事です。 私はハリウッドがオリジナルストーリーだけで上映してくれる事を心から願っています。

米国のベトナム戦争映画を見ていつも思うのですが”英雄的な主人公と友情”そういった側面もあるのですが相手国ベトナムに対する配慮というものが非常に 少ないですし「24の瞳」や「ほたるの墓」に代表される敵国に対するどうこう抜きに戦争という悲惨さを訴えた作品が生まれずらい背景があるのではと思い ます。私が個人的に好きな映画は「フルメタル・ジャケット」という映画でただただ殺戮が繰り返され戦争マシーンと化した人間模様だけが描きだされていま す。この映画の監督は戦争による正義や友情よりもただ戦争というのは殺し合いだけだという主張でありアメリカ映画で数少ない自国敵国ではなく戦争の悲惨 さを訴えた名作映画ではないでしょうか?

なぜ今でもあれだけ多くのベトナム戦争映画が作られているのか?は私には分かりませんが一つの理由に「アメリカが初めて味わった敗北、多くの犠牲になった 友人、たとえ多くの犠牲があったとしても”勝利”というよりどころがこのベトナム戦争に関しては無い!」という点があると思います。正義の為に戦ったのに なぜ友人を失いかつ勝利を得られなかったのか?ここにアメリカの苦悩と勝者でなければいけないという思考的限界があるように思われます。ふとそんな事を考 えると「フランダースの犬」日本やベルギーは勿論!アメリカに必要とされる心の癒しではないかと思います。ハリウッドは世界でも最も多くの人に見られ影響 力があります。それゆえ本当の「フランダースの犬」が広がる可能性があり2つのストーリーなどは必要なく、ただウィーダの作ったオリジナルこそが重要にな ってくるのだと思います。

米国における訴訟問題は「コーヒーをこぼしその温度が高すぎるから作った方が責任がある」「夫がバイアグラを飲んだから浮気をした。それは製造会社の責任 だ」等、成熟した社会において考えられない裁判があります。テレビでドイツ人のひとがこのコーヒー事件について「我々はそんな事で訴訟はしません。大人で すから」というコメントを残していたのが印象的でした。

ですからハリウッドにはそんなチープな訴訟に対して「我々の作品は正しい」という姿勢でオリジナルストーリーのみ上映する粋な所を見せてほしいものです。


K.Oshima 18/Dec/1998

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